ベレニーチェ・カパッティ 『クリムトと猫』
「クリムトとその家族」 「修業時代と劇場装飾」 「私生活」 「ウィーンと日本 1900」 「ウィーン分離派」 「風景画」 「肖像画」 「生命の円環」 ‥‥年代順に8セクションに分かれた展示構成。鑑賞者は地下1階から1、2階をエスカレータに乗って回廊する。モーリッツ・ネーアの写真〈猫を抱くグスタフ・クリムト、‥‥〉に期待も高まるが、意外にもネコの絵は1点もなかった。バルテュスやレオノール・フィニなど、ネコ好きの画家は例外なくネコを数多く描いているのに、クリムトは被写体としてのネコには興味が全くなかったらしい。人物画の多くは女性たちで、展示されている絵画の中の動物は蛇や鳥(鳳凰?)、鶏、雌牛くらい。男性も修業時代の〈男性裸体像〉や肖像画、女性を抱擁する後姿としてしか描かれない。自画像も描かなかった。クリムトといえば黄金を鏤めた装飾的な文様に彩られた恍惚の表情や妖艶な笑みを浮かべる女性画で知られるが、弟エルンストの娘の横顔を描いた〈ヘレーネ・クリムトの肖像〉は可憐で無垢‥‥おかっぱ髪とダブダブの白いドレスも清楚で清純である。
〈草叢の前の少女〉はルノワールを想わせる印象派風の肖像画。白いドレスを着たモデルはクリムトの子供(長男グスタフ・ウセディー)を産むことになるマリア・ウチッカーで、年齢は不明だが少女というよりも若い娘として描かれている。〈17歳のエミーリエ・フレーゲの肖像〉はパステル画。モデルは30歳で早世した弟エルンストの妻ヘレーネの妹エミーリエで、クリムトの生涯の伴侶となった。木製の額縁に描かれた梅の花には日本美術の影響があるという。〈赤子(ゆりかご)〉は様々な模様と色彩の布地がパッチワークのように積み重ねられた山の上に嬰児が仰向けに寝ている晩年の油彩画。図録の表紙やチラシにも使われた「黄金様式」の代表作品の1つ〈ユディト I〉の前は混雑していて容易に近寄れない。祖国を救うためにアッシリアの敵将軍ホロフェルネスの寝首を掻いた未亡人ユディトは斬首した生首を右腕で支え、左の乳房を露わにして恍惚の表情を浮かべている。モローやビアズリーの〈サロメ〉と同じく、男たちを快楽と死へ誘う「ファム・ファタル」として描いている。
〈ユディト I〉の右隣には縦長の〈ヌーダ・ヴェリタス(裸の真実)〉が架かっている。ブロンド髪の全裸女性が右手に持った丸い手鏡(ペロペロ・キャンディのようにも見える)を前方に向け、足元には青い蛇が這い回る。「真実」を擬人化した挑発的なヌード絵画の上部には《もしお前の行動とアートですべての人を喜ばせないなら、数少ない人を喜ばせよ。多くの人を喜ばせるのは悪いことだ》という18世紀のドイツ詩人シラーの言葉が引用されている。〈オイゲニア・プリマフェージの肖像〉のモデルはウィーン工房の熱烈な支援者の1人、オットー・プリマフェージの妻。モザイクやパッチワークを想わせる色鮮やかなドレスを纏い、背後の黄色い壁に空いたアーチ状の窓と床には花々が咲き乱れる。右上には鳳凰のような鳥も描かれている。〈女の三世代〉は女性の一生‥‥ 「幼年」 「青年」 「老年」 を同一画面で構成。女児を幸せそうに抱く母親の傍らに、左手で顔を覆って項垂れる瘦せこけた老女が立つ。装飾的な小さな円と薄汚れた壁や真っ黒い背景も母子と老女の対比を際立たせる。
〈ベートーヴェン・フリーズ〉(1984年に制作された原寸大複製)は第14回分離派展でゼツェシオン館(分離派会館)の一室(コの字型の三面)を飾った全長34mを超える壁画。ベートーヴェンの第九をワーグナーの解釈で絵画化しているという。黄金の騎士がゴルゴン三姉妹やゴリラのような怪物テュホンを倒して楽園に辿り着く物語で、「幸福への願い」 「敵対する力」 「歓喜」 の三面から成る。ウィーン大学から依頼された大講堂の天井画は「不道徳で、醜悪な芸術」と酷評され、第18回分離派展に〈哲学〉〈医学〉〈法学〉が出品されたもののクリムトは制作を断念する。第二次世界大戦中、疎開先のインメンドルフ城の火災で焼失してしまい、残念ながら習作やモノクロ写真から想像するしかない。〈アッター湖畔のカンマー城 III〉は正方形のカンヴァスに描かれた風景画。オーストリア・ザルツカンマーグート地方のアッター湖は夏の避暑地で、緑の樹々と背後の黄色い壁と赤茶色の屋根が川面に映る奥行きのないモザイク画のように描かれている。
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森田 義之「ウィーン世紀末の画家 グスタフ・クリムト」
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- 『クリムトへの招待』『グスタフ・クリムトの世界』などの画集を参照しました
- 写真は〈女の三世代〉と2ショット写真が撮れる「金のフォト・スポット」です
- 〈オイゲニア・プリマフェージの肖像〉は巡回する豊田市美術館(7/23~10/14)蔵
- 「パンプキン・スキン」をアレンジして「ゴールド・スキン」(黄金様式)にしてみました。「ブラック・スキン」「チョコレート・スキン」も若干手直ししました^^;
klimt's cats / sknynx / 858
- アーティスト:グスタフ・クリムト(Gustav Klimt)
- 会場:東京都美術館
- 会期:2019/04/23 - 07/10
- 主催:東京都美術館(公益財団法人東京都歴史文化財団)/ 朝日新聞社 / TBS / ベルヴェデーレ宮オーストリア絵画館
- 展示構成:クリムトとその家族 / 修業時代と劇場装飾 / 私生活 / ウィーンと日本 1900 / ウィーン分離派 / 風景画 / 肖像画 / 生命の円環
- 編集・執筆:民輪めぐみ / 江六前一郎 / 東原じゅり / 柳本元晴 / 戸澤幾子 / 古川萌 / ...
- 出版社:朝日新聞出版
- 発売日:2019/04/19
- メディア:単行本
- 目次:What's クリムト? / STAGE クリムトが生きた時代 600年以上続いた帝都はクリムトにチャンスを与え、勲章を授与した / Biorhythm 5分でわかるクリムト 画風の変化と55年の生涯 / ONE and ONLY クリムトの最高傑作 クリムトの最高傑作は、なぜ『接吻』なのか? / 図解 このように西洋絵画は変わっていく! / パーフェクト鑑賞講座(ユディト I ...
- 著者:グスタフ・クリムト(Gustav Klimt)/ 海野 弘(解説・監修)
- 出版社:パイインターナショナル
- 発売日:2018/07/19
- メディア:単行本(ソフトカバー)
- 目次:グスタフ・クリムト 黄金迷宮の狩人 / 世紀末ウィーン夢紀行 / クリムトの絵画世界黄金の女たちの陰に / クリムトをめぐる人々ウィーン分離派とウィーン工房
- 特集:時を超えるクリムト
- 出版社:新潮社
- 発売日:2019/05/25
- メディア:雑誌
- 内容紹介:稲垣五郎が語るクリムトとベートーヴェン、そして僕 / 腕利き職人から“クリムト"へ / 新たなる芸術をめぐる戦い / 輝け! クリムト・レディーたち / 絡み合う生と死、拮抗する色と闇 / 1862〜1896 新生ウィーンで大躍進! / 1897〜1905 ウィーン分離派を率いて / 1906〜1910 黄金様式の極みへ / 1911〜1918 道なかばの死 / 自画...
- 著者:ベレニーチェ・カパッティ(Berenice Capatti)/ 森田 義之(訳)
- イラスト:オクタヴィア・モナコ(Octavia Monaco)
- 出版社:西村書店
- 発売日:2005/03/01
- メディア:大型本
- 内容:愛猫がみたグスタフ・クリムトの人生を、華麗で美しいビジュアルイメージとともに愛情をこめてよみがえらせた絵本です。アンデルセン賞受賞