「山羊は忠実です。それに、どんな檻にも縛られない、自由闊達な魂を持っております。それからもうひとつ、たぶんご存じないないと思いますが、山羊にはとびきりの長所があるんですよ。よく、動物をお買いになって、お宅へお持ち帰りになったあとで、ある朝突然に、その動物がなにか放射性の食物のために死んでいた、ということがございますね。その点、山羊は、汚染された不良飼料でもいっこう苦にいたしません。牛や馬、それに猫などがコロリといくようなものさえ、よろこんで食べます。長期のご投資をなさろうという真剣なお客さまには、なんともうしましても山羊──とくに牝山羊──にまさるものはないと存じます」「この山羊は牝かね?」檻の中央にでんと構えた大きな黒山羊が、さっきから彼の目をひきつけていた。彼はそっちにむかって歩きだし、セールスマンもくっついてきた。うつくしい山羊だとリックには思えた。
フィリップ・K・ディック 『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』
◎ Requiem(Rocket 2016)GOATGOATはスウェーデン・ヨーテボリを拠点に活動する大所帯バンド。3rdアルバムのカヴァには子供を含めて17人のメンバーが写っている。彼らの広報によると、呪術医が移り住んでからブードゥー教崇拝の歴史を有するコルピロンボロの出身だと主張している。十字軍が来て村を破壊した時、生き残った人々は逃げて町に呪いをかけたという。「無国籍エクスペリメンタル、辺境サイケ・ロック・バンド」とも称されるGOATは生贄と呪いの山羊の化身として仮面で顔を覆い、反キリスト教・非西欧文化の民族衣裳を纏う。ピンチョンやバンクシーのように素顔を隠した覆面音楽集団ともいえる。女性ヴォーカル・フォーク、ハイライフなどのアフロ・ビート、8分近いサックスのインスト、ゼップみたいなハード・ロックが混在する全13曲・63分‥‥
《トマス・ピンチョンは恐らく最も有名な現代の隠遁者──歴史に没頭して想像力に歪められた精巧な小説を提供するために時々隠れて忍び寄る事実上顔のない人物──だが、レコード掘り人(crate diggers)とギター神秘主義者にとって、スウェーデンの謎めいたGOATは最高のモダン・ポップカルチャー・ミステリーの資格がある》。
◎ Goat Girl(Rough Trade 2018)Goat Girl英サウス・ロンドン出身の女性4人組のデビュー・アルバム。「山羊少女」というバンド名は米コメディアン、ビル・ヒックス(Bill Hicks)の形態模写「Goat Boy」に由来するという。いわゆるポスト・パンクで、ロッティ・クリーム(Clottie Cream)の気怠いヴォーカルと隙間の多いサウンドはThe Slits、グランジ風のノイジーなギターはPJ Harveyを想わせる。火刑にして、死フォン・ケーキ(cyanide cake)を顔に喰らわせて、斬首する〈Burn The Stake〉、電車内で盗撮するスマホ男の頭を殴ってやりたいと歌う〈Creep〉など‥‥全19曲・40分という構成は2分未満の曲が8曲も入っているから。「安いサイダーを飲みながらアンドレ・ブルトンの詩集を読むような、不条理で遊び心のある体験」
(Pitcfork)というレヴューもある。見開き紙ジャケ仕様。4つ折りカード入り。アルバム・カヴァにはミゲル・カサルビオス
(Miguel Casarrubios)のアクリル画が使われている。
◎ In League With Dragons(Merge 2019)The Mountain Goats火を吐いて空中から攻撃するドラゴン、武器を持った異形の敵戦士たち、右手に剣を構えた勇士の後ろ姿‥‥まるでファンタジーやRPGゲームのようなアルバム・カヴァである。The Mountain GoatsはSSWのジョン・ダーニエル
(John Darnielle)が1991年、米カリフォルニア・サクラメントで結成したインディ・ロック・バンド。17thアルバムは世界初の卓上ロールプレイング・ゲーム「ダンジョンズ&ドラゴンズ」
(Dungeons & Dragons 1974)にインスパイアされたという。ゼロ年代に「Final Fantasy」と名乗っていたOwen Pallett (ピアノ、オルガン、ギター)のプロデュース。「古い魔法使いと古い運動選手は同じです」とJohn Darnielleが語っているように〈Doc Gooden〉はNYメッツの黒人投手ドワイト・グッデンの栄光の日々、〈Passiac 1975〉はオジー・オズボーン(Ozzy Osbourne)の視点から歌う(John DarnielleはBlack Sabbathの《Master Of Reality》についての本を書いている)。全12曲・48分。見開き紙ジャケ仕様、歌詞ブックレット(16頁)付き。
*
フィリップ・K・ディックのSF長編
『アンドロイドは電気羊の夢をみるか?』(1968)の舞台は最終世界大戦後、死の灰(放射能物質)に汚染された地球である。米サンフランシスコの高層集合住宅に住むリック・デッカード刑事は去年破傷風で死んでしまった羊グルーチョの代わりに屋上で「電気羊」を飼っていた。バウンティ・ハンター(賞金稼ぎ)のリックは植民惑星の火星から逃亡して来たアンドロイドの「懸賞金」で本物の動物を買うことを決心する。「電気羊」は高価なペットの代替品にすぎない。自然環境が破壊された未来社会では稀少な動物を所有していることがステータスになっていたからだ。眠れない夜半に1匹、2匹、3匹‥‥と数える羊は夢見るようなフワフワしたイメージだが、山羊はウィリアム・ホルマン・ハントの「贖罪の山羊」
(The Scapegoat)、シカゴ・カブスを苦しめた「山羊の呪い」
(The Curse of the Billy Goat)、童謡「やぎさんゆうびん」など、不条理で忌まわしいイメージが付き纏う。ニャンドロイド(ネコ型ロボット)は電気山羊の音楽を聴くか?
*
- 没タイトルは「山羊たちの沈黙」「山羊をめぐる冒険」「山羊男のクリスマス」‥‥
- 「ニャンドロイドは電気山羊の音楽を聴くか?」‥‥タイトルは長いが記事は短い^^;
- 「Pitchfork」 のレヴューや 「Wikipedia」 の記述などを参照・引用しました
*
listen nyandroids music of electric goats? / sknynx / 874
Requiem
- Artist: GOAT
- Label: Rocket
- Date: 2016/10/07
- Media: Audio CD
- Songs: Djorolen / Union Of Sun And Moon / I Sing In Silence / Temple Rhythms / Alarms / Trouble In The Streets / Psychedelic Lover / Goatband / Try My Robe / It's Not Me / All-Seeing Eye / Goatfuzz / Goodbye / Ubuntu
Goths
- Artist: Mountain Goats
- Label: Merge Records
- Date: 2017/05/27
- Media: Audio CD
- Songs: Rain In Soho / Andrew Eldritch Is Moving Back To Leeds / The Grey King And The Silver Flame Attunement / We Do It Different On The West Coast / Unicorn Tolerance / Stench Of The Unburied / Wear Black / Paid In Cocaine / Rage Of Travers / Shelved / For The Portuguese Goth Metal Bands / Abandoned Flesh
Goat Girl
- Artist: Goat Girl
- Label: Rough Trade
- Date: 2018/04/06
- Media: Audio CD
- Songs: Salty Sounds / Burn The Stake / Creep / Viper Fish / A Swamp Dog's Tale / Cracker Drool / Slowly Reclines / The Man With No Heart Or Brain / Moonlit Monkey / The Man / Lay Down / I Don't Care Part 1 / Hank's Theme / I Don't Care Part 2 / Throw Me A Bone / Dance Of ...
In League With Dragons
- Artst: Mountain Goats
- Label: Merge
- Date: 2019/04/26
- Media: Audio CD
- Songs: Younger / Passaic 1975
/ Clemency For The Wizard King / Possum By Night / In League With Dragons / Doc Gooden / Going Invisible 2 / Waylon Jennings Live! / Cadaver Sniffing Dog / An Antidote For Strychnine / Sicilian Crest
人間をお休みしてヤギになってみた結果
- 著者:トーマス・トウェイツ(Thomas Thwaites)/ 村井 理子(訳)
- 出版社:新潮社
- 発売日:2017/10/28
- メディア:文庫
- 目次:魂 / 思考 / 体 / 内臓 / ヤギの暮らし
アンドロイドは電気羊の夢を見るか?
- 著者:フィリップ・K・ディック(Philip K. Dick)/ 浅倉 久志(訳)
- 出版社:早川書房
- 発売日:1977/03/01
- メディア:文庫(ハヤカワ文庫 SF 229)
- 目次:アンドロイドは電気羊の夢を見るか? / 訳者あとがき