「どこか、うちの仔猫に似ているね」
高田 理香
結婚してアパートから新築マンションに引っ越した著者は姉の知り合いから黒い仔猫を譲り受ける。残っていた最後の1匹、アメリカン・ショーヘア・ブラックスモークの女の子だった。賃貸マンションは「ペット禁止」、夫も乗り気ではなかったが、子供の頃から大人になったら猫を飼いたいと思っていた妻はクールな佇まいの彼女と遊んでいるうちに「この仔猫は私が貰うしかない!」という使命感が湧いて来たという。「サンダーバード」(60年代に放映されていた英SF人形劇)のヴィデオで盛り上がっていた夫婦は「栗毛色のロングヘアーに黒めがちでつぶらな瞳の、国際救助隊のマスコット的存在」の脇役キャラから採ってミンミンと名付ける。イラストレータのエッセイ『猫に恋して』から。
2007・8・11
「あたしが見つけたものを見て。びっくりするわよ。すごいんだから」 故人のジャケットだと思われる服を開くと、不自然な形をした猫の死骸が現われた。
ポール・セイヤー
「わたし」とアリソンが引っ越して来てから1週間も経たないうちに、隣の家の住人が他所へ引っ越して行った。そして数日後、1人の老人の遺体が霊柩車で運び去られた。トラックに乗った男たちが老人の家を板で囲ったが、アルソンは強引に押し入った。丸めた服を両腕に抱えて出て来ると、「わたし」 の前に投げ出した。自宅に戻った彼女は新聞紙とマッチを持って来て、少し離れた低木林に新聞紙や乾いた草、葉っぱ、小枝を掻き集めて、死んだ猫を横たえる。猫の下から草を少し引き抜いて死骸に掛け、平たい石でマッチを擦って新聞紙と草に火をつけた。小説『狂気のやすらぎ』から。Pale Saintsの《The Comforts Of Madness》(1990)は、この小説のタイトルから採られている。
2016・8・11
わたしは女の子。それも特別な。だって未来が見えちゃうし、宇宙の果てまでメッセージを送ることだってできる。運がよければ、直接あなたの心にも。
マイク・ブライデイヴスキー
バブアブバブ星で自由気儘な毎日を送っていたリルバブちゃんは宇宙船で飛び立って地球に不時着する。お魚を探しているところを男の人(マイク)に保護される。ウェブに登場するや否や、彼女は一躍人気者(世界一有名な子猫)になる。テレパシーで本にサインして、あなたの夢の中にお邪魔する。公園デビューして、スケボーで遊ぶ。お魚を食べて入浴し、ベッドに入って夢の国へ。気球に乗ってピラミッドやストーンヘンジに飛ぶ。レコ ーディングやミルクバーのバーテンダーにも挑戦‥‥グランピー・キャットとピクニックに出かけたリルバブはスムーシュと逸れて迷子になってしまう。飼主にテレパシーでメッセージを送り、宇宙船に乗って故郷の星に還る。絵本『LIL BUB’S LIL BOOK』から。
2017・2・1
私を案内してきた猫が、まずは嗄れた叫び声をあげ、つぎには長々と「にゃーお」と鳴き、それもやがて甘えたようなしかもゆっくりした調子に変わり、最後はため息で終わ った。すると絵がいっせいに動き出したのである ──
レオノール・フィニ
R通りのホテルに滞在する「私」はロビーで膝の上に跳び乗って来た褐色と黒色の斑猫に 、部屋の窓から見える中庭の黒い女彫顔像を盗んで汽車に乗るように命じられる。猫が小さな扉を開けて廊下に招き入れると中庭に通じていた。「乳を吸う蝸牛」 「糸巻玉を作る猫」 「月の練り粉」 などと書かれた古い看板が片隅に山積みになっている。エキゾチックな植物と色褪せた木蔦の茂みが一茎の小さなゼラニウムの脇で、壁の一部分を覆っていた。黒い鋼鉄製の真新しい扉を開いて薄暗い部屋に踏み入ると、強烈な明かりが壁一面を照らし出す。東西の猫の絵や版画だけを蒐集した「猫美術館」だった。褐色と黒色の縞模様の大きな猫オネイロポンプ(Oneiropompe)が誘惑する『夢先案内猫』から。
2006・2・21
あー、うらやましい、勇ましい飼いネコは飼い主の誇りに違いない。
田口 久美子
ネコ嫌いの老母と同居している書店員は「ノラコがことのほか弱虫なのだろうか」と、金井美恵子の『昔のミセス』を再読しながら思う。先年亡くなった飼い猫トラーは小冊子の連載エッセイに登場するので、私たちの売場ではご近所のネコ扱いだった。「トラーが亡くなって、金井さん、ずいぶんと気を落としているみたい」 などという会話を同僚と交わし、年老いたトラーの元気な頃を引用する。《かつては部屋でぐっすり眠っていても、外で近所の猫たちがケンカをはじめると、絶対自分も参加すると一声雄叫びをあげ 、毛を逆立てて窓から飛び出し、2階のヴェランダから庭木に飛び移り、庭木からブロ ック塀に飛び乗って、道路へ駆けおりて走って行く》 ‥‥『書店員のネコ日和』から。
2010・7・26
もしあなたの猫がどこかに行ってしまったら、絶対パニックになるはずだ。
キャロライン・ポール
ある日、操縦していた飛行機が墜落した。脛骨と腓骨を骨折したキャロライン(私)は入院して緊急手術を施される。友人のウェンディに介抱され、縞ネコの双子姉弟フィビィとティビィの待つ自宅へ帰る。怪我が回復期に入ってから1カ月後にティビィが姿を消す。チラシを方々に貼り、近所中を尋ね回ったが音沙汰ない。女超能力者に行方を訊ねたり、動物保護施設を訪ねたが全く手懸かりなし。5カ月後、突然ティビィが帰って来る。ところが家で食事をしない。不審に思った「私」は真相解明するために猫用追跡装置(GPS)や猫用カメラを首輪に付け、会話するために猫語を習得しようとさえする。姉フィビィの急死が追い撃ちする。2人の女性の愛と絶望の記録『LOST CAT』から。
2018-08-21
この有名なネコが雌だと知ってわたしは驚いた。
ローラ・グールド
グールド夫妻が動物保護センターから貰い受けた2匹の雄ネコ。長毛種のマックスは胸部だけが白い黒ネコだったが、ジョージは三毛ネコだった。1週間後、夫妻は健康診断のために2匹を獣医の許へ連れて行き、「三毛ネコの名前はジョージです」 と紹介する。口元を歪めて薄ら笑いを浮かべた獣医の顔が真っ青になるのに余り時間はかからなかった。三毛ネコは雌のはずなのに、なぜ雄ネコが存在するのか?‥‥この素朴な疑問を解明すべく、著者は図書館や古本屋を回ってネコや遺伝学の資料を渉猟し、論文を検証して2重螺旋の旅に出る。「三毛猫ホームズ」 が雌猫と知った彼女は推察する。ジロー・アカガワは雄の三毛ネコの存在を知らなかったのではないかと。『三毛猫の遺伝学』から。
2013・10・16
イスタンブールの街は海が近いという事もあり、本当にそこらじゅう猫だらけで、岩合さんの「世界ネコ歩き」の撮影現場に紛れ込んでしまったかのようでした。
大久保 京
「猫の日」(2013年2月22日)に開店した猫本ネット書店「書肆 吾輩堂」女店主のエッセイ集。古物商許可証取得、古書組合加入、吾輩堂ロゴやホームページ作成、ヨーロッパへの仕入れ旅など、開業するまでの経緯や開店後の日々が綴られている。パリ、ヴェネツィア‥‥旅の最終目的地はトルコだった。同行させてもらった小説家がトルコの作家協会から招かれての旅だったので、観光旅行では行けないシリアとの国境に近い南東部(マルディンやシャンルウルファなど)、一般家庭や慈善団体を訪れることが出来た。店主はトルコ地方でも猫ものを血眼になって探していた。トルコはイスラム教の始祖マホメットが猫好きだったことから、猫を大事にしているという。『猫本屋はじめました』から。
2015・3・11
おれは猫を飼うに値しない人間だ。来し方の悪業を考えるとそう思う。
中島 らも
夜の散歩中に公園で2匹の仔猫を保護するが、近所に住む「猫おばさん」の飼い猫だった。喪失感に苛まれた「おれ」は黒門市場のペットショップで雌猫を買う。実家の「らも動物園」ではなく、わかぎゑふの実家を改装した民家1階の事務所(1室の6畳間を仕事部屋として使っている)で飼う。とらちゃんを撫でたり抱いたりするけれど、猫可愛がりはしない。猫というのは孤高で神聖な生きものだと思うから。猫を飼うことで一種の禊をしているのではないかと考えて自分の悪業を顧みると、盗み、傷害、カツアゲ、麻薬、詐欺‥‥殺人とレイプ以外はすべて犯していた。「これら降り積もった黒い雪を、猫の高貴さが洗い清めてくれる」 ような気がすると告白する『とらちゃん的日常』から。
2005・11・20
猫は絵が好きだということはまだあまり知られていない。絵の中でもとくに名画といわれるものが好きで、猫は名画を見つけると、まるでコタツを見つけたように、その名画の中にもぐり込む。
赤瀬川 原平
美術愛好家アルベルト・B・ニャーンズ(1982-1951)の個人コレクション。その蒐集作品のテーマは "泰西猫名画"、すなわち "猫の闖入せる" 絵画である。200点を超える所蔵品はニャーンズ氏の盟友・木天蓼幸之助が設立した木天蓼美術館が管理し、世界各地の美術館に貸し出されている。『ニャーンズ・コレクション』は木天蓼美術館館長・赤瀬川原平が猫名画30点を紹介・解説する空想美術館の図録。巻頭「あいさつ」の中で、館長は絵の好きな猫が名画の中に潜り込むという自説をマネの〈オランピア〉(Olympia 1863)に描かれた黒猫を例に挙げて論じている。古今東西の猫名画や猫闖入絵画を集めた画集は少なくないけれど、「ニャーンズ・コレクション」 というコンセプトが愉しい。
2016・5・1
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朝日新聞の朝刊コラム 「折々のことば」(鷲田清一)のネコ版パロディ「折々のねことば」第7集です。引用した言葉に解説文(171字以内)を添えるという〈折々のことば〉のフォーマットを踏襲しつつ、ブログ記事らしく横書きに変えました。具体的には拙ブログ記事の冒頭に引用したネコに纏わる文章の中からキーになる「ねことば」を抜き出して、8行の短文(312字以内)を添えるだけなのに、これが意外に愉しかったりして‥‥小説やエッセイの中から気に入った文章(400字前後)を単に引用するよりも、新聞記事の見出しやTV番組のCM前のワンフレーズみたいな短い言葉の方がキャッチーで耳目を惹くし、紹介文で「ねことば」の意図や真意を深く読み解ける。日付は「ねことば」やネコ本などを引用・紹介した記事の投稿日としたので、「折々のことば」 のような時系列順になっていません。「折々のねことば」 に興味を持った読者が引用文や引用元の「ネコ本」を読んでくれると嬉しいにゃん。
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- 「折々のねことば 061~070」 は引用・紹介文、出典名はアマゾンにリンクしました
- 〈OCCASIONAL CATWORDS〉(折々のねことば 2005 - 2021)を更新しました
- 『猫に恋して』『とらちゃん的日常』『ニャーンズ・コレクション』を再読しました
occasional catwords / 1 / 2 / 3 / 4 / 5 / 6 / 7 / sknynx / 976
- 著者:中島 らも
- 出版社:文藝春秋
- 発売日:2001/10/01
- メディア:単行本
- 目次:ネコが飼いたい!/ とらちゃんの受難 / 幻覚キノコを召しあがれ / おれの罪を洗い流せ / 実録・らも動物園 / 避妊手術…ごめん / とらちゃん争奪戦 / トロに負けるな / スタジオの仏像 講演芸人、東海道をゆく / リングカッターの謎 / ロック魂はどこに / 来世はネコに生まれたい / わかぎゑふの乱入エッセイ 姫のこと / ついに初恋 / とらちゃんファイトする / ...
- 著者:中島 らも
- 出版社:文藝春秋
- 発売日:2012/09/20
- メディア:文庫(文春文庫)
- 目次:ネコが飼いたい!/ とらちゃんの受難 / 幻覚キノコを召しあがれ / おれの罪を洗い流せ / 実録・らも動物園 / 避妊手術…ごめん / とらちゃん争奪戦 / トロに負けるな / スタジオの仏像 講演芸人、東海道をゆく / リングカッターの謎 / ロック魂はどこに / 来世はネコに生まれたい / わかぎゑふの乱入エッセイ 姫のこと / ついに初恋 / とらちゃんファイト...