90年代にブラジル北東部レシフェから登場したChico Science & Nacao ZumbiやMundo Livre s/aが脚光を浴びだったように、2010年代に入ってから南東部ミナスジェライス(金やダイアモンドが発掘されたことから「宝石の鉱山」という州名になった)の音楽が注目を集めている。「マンギビート」のような分かりやすいキャッチフレーズはないものの、従来のロックともジャズとも趣きを異にする煌びやかなミナス・ミュージックにはプログレやフュージョンに通じるものさえ感じられる。その音楽の中心となるのはAntonio Loureiro、Rafael Martini、Alexandre Andres、Kristoff Silvaなど、ミナス新世代のミュージシャンたち。彼らのバンドやソロ・アルバム(輸入盤)は入手困難だったが、漸く国内流通(CDショップや通販サイト)することで、より多くの洋楽〜ワールド・ミュージック・リスナーの耳を魅了することになるだろう。酷暑の夏に聴くミナス音楽はも悪くない?
◎ Antonio Loureiro(Independent 2010)Antonio Loureiroミナス出身のSSW、Antonio Loureiroはドラムス、ピアノ、ギター(violao)、マリンバ、ローズ・ピアノ、ヴィブラフォン、グロッケンシュピールなどを操るマルチ奏者。Caetano Velosoを想わせる中性的なヴォイスとエクスペリメンタルなサウンド‥‥冒頭の変則5拍子曲〈Voo A Dois〉を一聴するだけでも、並大抵の才能でないことが分かる。トロンボーン、クラリネット、フルート、チェロ、アコーディオン、ハープなどの奏でる優雅なチェンバー・ポップはSufjan Stevensと共振する同時代性もある。Sergio Perere、Fabiana Cozza、Leonora Weissmann、Krisoff Silva、Juliana Perdigaoがヴォーカル、Rafael Martiniもアコーディオンやピアノで参加するなど、ゲスト陣も多彩で華やか。最後のインスト曲〈Qui Nem Quiabo〉ではAndre Mehmari(ピアノ)が客演している。6頁のブックレット(歌詞カード)に5枚(10面)のフォト・カード(Andre Baumecker撮影)も付いて、暗鬱なアルバム・カヴァを自由に着せ替えられる趣向も洒落ている。
◎ Misturada Orquestra(Misturada Orquestra 2011)Misturada OrquestraMisturada Orquestraは総勢18名からなる大所帯音楽集団。フルート、オーボエ、クラリネット、トランペット、サクソフォン、トロンボーンなどの金管楽器にピアノ、ギター、アコーディオン、ベース、コントラバス、ヴィブラフォン、ドラムス、パーカッションを加えたインスト・サウンドで、Leonora Weissmannなどの女性スキャットやコーラスが時折混じる。Charlie Parkerのカヴァ〈Donna Lee〉とRafael Martiniの〈Sono〉(ソロ・アルバムにも収録されている)は10分近い大作だが、不思議とジャズ臭さは感じられない。ミナスっぽいとしか言いようのない鷹揚さや浮游感に包まれる。楽団の中心となるのはRafael Martini(ピアノ、アコーディオン)やJoao Antunes(ギター、ヴィオラ)で、自作曲の〈Dresente〉を提供・編曲したAntonio Loureiro(ドラムス)はゲスト扱い。オーケストラの名称はAirto Moreiraの7拍子曲〈Misturada〉に由来するらしい。ラストのヴォーカル曲〈Ontogenia〉まで、74分以上に渡るミナス・ミュージックに心ゆくまで浸れます。
◎ Motivo(Nucleo Contempolaneo 2012)Rafael MartiniRafael Martini(ピアノ)のソロ・アルバムにはAlexandre Andres(フルート)、Antonio Loureiro(ドラムス)、Kristoff Silva(コーラス)などが参加している。本人自らも全8曲中3曲で歌っているが、インスト・フォルクローレ〜ジャズ・インプロ風に展開して行く楽曲が多い。ピアノ、フルート、クラリネット、サクソフォン、コントラバス、ドラムス、チェロ、パーカッション、パンデイロ、バンドリンなど‥‥。Misturada Orquestraと共通する楽器編成ながら、その印象は異なる(2つのアルバムに収録されている〈Sono〉を聴き較べるのも面白いかもしれない)。Leonora Weissmannが超絶スキャットを披露する〈Baiao Do Caminhar〉、Mariano Cantero(Aca Seca Trio)がドラムスとパーカッションでゲスト参加した〈Consuelo〉。Rafael Martiniの自作・共作曲で占められているが、ラストの〈Tempo Do Mar〉はAntonio Carlos Jobinのカヴァである。
◎ Macaxeira Fields(Mares 2012)Alexandre Andresブラジル・ミナスの若きSSW、Alexandre Andresによる2ndアルバム。音楽監督を務めるAndre Mehmari(ピアノ、ヴォーカル)のスタジオに、Rafael Martini(アコーディオン、ピアノ)やAntonio Loureiro(ドラムス)などが集結。Alexandre Andresのヴォーカル、フルート、ピッコロ、ギター(violao)にヴィブラフォン、クラリネット、トランペット、トロンボーン、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ‥‥。Tatiana Parra、Monica Salmaso、Leonora Weissmann、Juan Quintero(Aca Seca Trio)もゲスト・ヴォーカルで参加する。中性的なヴォイス、魅惑的なメロディ‥‥Alexandre Andresはミュージシャンではなく、SSWと呼ぶに相応しい(全作詞はBernardo Maranhao)。ロマンティックでメランコリック、優雅で繊細なチェンバー・ポップを創り上げている。祖母マリア・エレナ・アンドレス
(Maria Helena Andres)の描いたインナー・イラストも瑞々しい。新装ジャケの
「国内盤」は祖母のイラスト・カヴァにしても良かったのにね。
◎ Deriva(Kristoff Silva 2013)Kristoff Silva《Em Pe No Porto》(Jardim Producoes 2009)から深化したアルバム。Kristoff Silvaのヴォーカル、ギター(violao)にRafael Martini(ピアノ、ローズ)、Antonio Loureiro (ドラムス、ヴィブラフォン、パーカッション)、Alexandre Andres(フルート)も参加し、トランペット、サックス、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、フルート、オーボエ、クラリネット、ファゴットの入ったチェンバー・ポップもあるが、他のミナス勢とは印象が異なる。変則ビートがドラムンベースへ雪崩れ込む〈Palavrorio〉、LenineやPrinceを想わせるファンクの〈Automotivo〉、エレクトロニカ風の〈Avida〉‥‥。共同プロデューサのPedro DuraesやKristoff Silvaがプログラミングやサンプラーを使用しているだけでなく、未来志向というかプログレッシヴなサウンドを目指すという気概が感じられるから。それだけにラストのアルバム・タイトル曲〈Deriva〉は胸に沁みる。ロシアの海中写真家アレクサンダー・セミョーノフ
(Alexander Semenov)の作品をモチーフにしたアルバム・カヴァに、前作の
「フェイス・コラージュ」の痕跡(唇やイラストの一部)が残っている。
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◎ Narrativas De Catarina (Beluga 2010)Carla Pronsato, Ive Luna, Rodrigo Paivaサンタカタリーナ出身のCarla Pronsato(ピアノ)、Ive Luna(ヴォーカル、フルート)、Rodrigo Paiva(ドラムス)の連名トリオによるデビュー・アルバム。クレイ人形や海星、緑色や青い布で島や海をイメージしたアルバム・カヴァやスリーヴから素朴なフォルクローレのような音楽を想像していると不意打ちを食らう。自由自在にシンコペートする力強いピアノ、心の深部までストレートに届くヴォーカル、ダイナミックに躍動するドラムス‥‥音数は少ないけれど、今まで聴いたことのない未知の音楽に魅了される。平面的ではないプログレッシヴなグルーヴに圧倒される。冒頭の〈Santos Reis〉や〈Seis De Janeiro〉のアカペラ・コーラスとの対比も面白いし、〈O Navegador〉の女性コーラスやラストの〈Festa Pra Cascaes〉で聴ける子供たちの愉しげな歌声にも心弾む。
◎ Aos De Casa(Tratore 2010)Ana Paula Da SilvaAna Paula Da Silvaの出身地、ブラジル南部サンタカタリーナの民衆文化をモチーフにした4thアルバム。彼女のヴォーカルにアコーディオン、ピアノ、ギター、コントラバス、ドラムス、パーカッション、サックス、ベース、フルート‥‥という編成で、弦楽四重奏(ヴァイオリン2、ヴィオラ、チェロ)の加わった曲も2曲もある。ジャズっぽい落ち着いた楽曲が大半を占めるが、アレンジは秀逸でヴォーカルも情感に溢れる。スキップするような3拍子曲〈Anagua De Iaraiemanja〉、サビでテンポアップする6拍子の〈Nuvem〉、唯一の自作曲〈Benquerer〉などがアルバムに変化をつけている。ミナスやサンパウロよりも南に位置するサンタカタリーナの大らかで風通しの良い風景が想い浮かぶ。三面デジパック仕様のCDには2冊のブックレット(歌詞カード&民芸品紹介?)が付いている。
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minas music / sknynx / 465
Antonio Loureiro
- Artist: Antonio Loureiro
- Label: Ais
- Date: 2006/07/31
- Media: Audio CD
- Song: Voo A Dois / Camera Escura / Coreira / A Partir / Roda Gigante / Nova / A Cor Do Progresso / Id / Um Inicio Meio Fim / Sentimento / Qui Nem Quiabo
Misturada Orquestra
- Artist: Misturada Orquestra
- Label: Ais
- Date: 2012/12/04
- Media: Audio CD
- Song: Jose No Jabour / Casa Nova / Conversando O Som / Donna Lee / Sono / Misturada / Filho / Presente / Voo Dos Urubus / Ontogenia
Motivo
- Artist: Rafael Martini
- Label: Nucleo Contempolaneo
- Date: 2012/12/04
- Media: Audio CD
- Song: Canção Da Voz / Baião Do Caminhar / Corre, Loló, Que Tá Na Hora! / Consuelo / Sono / Ocaso / Convite / Tempo Do Mar
Macaxeira Fields
- Artist: Alexandre Andres
- Label: Sonhos & Sons Brasil
- Date: 2012/12/04
- Media: Audio CD
- Song: Um Som Azul / Aguaceiro / Macaxeira Fields / Menino / Ala Pétalo / A Meu Velho / O Canto da Formiga / Entre Águas / Nina / Em Brancas Nuvens / A Voz de Todos Nós / Sem Fim
Deriva
- Artist: Kristoff Silva
- Label: Kristoff Silva
- Date: 2013/04/02
- Media: Audio CD
- Song: Paravrorio / Automotivo / Durantes / Principio Da Incerteza / Avida / Acrylic On Canvas / Rabiscos / O Adeus / Parceria / A Voz O Verso / Devires
Em Pe No Porto
- Artist: Kristoff Silva
- Label: Jardim Producoes
- Date: 2009/04/02
- Media: Audio CD
- Song: Mar Deserto / A Chamar / Estacao Final / Lig / Em Pe no Porto / As Silabas / A Letra / O Prazer / O Ultimo Sol / Sao - com Marcelo Pretto / Alma, Riso / Olhos da Nau / Letra De Musica
Narrativas De Catarina
- Artist: Carla Pronsato, Ive Luna, Rodrigo Paiva
- Label: Tratore Music Brasil
- Date: 2010/06/30
- Media: MP3
- Song: Santos Reis / O Navegador / Disse-Disse / Martinho / Na Beira Mar / Milonga / Clara Canção / Seis De Janeiro Narrativas De Catarina / Pollyana / Canto De Anita Para Garibaldi Antes Da Batalha / Nossa Barulheira / A Fábula E O Mar / O Nascimento
Aos De Casa
- Artist: Ana Paula Da Silva
- Label: Tratore / Fonomatic
- Date: 2010/07/16
- Media: MP3
- Song: Infancia / Marau / Dama / Clara / Anagua De Iaraiemanja / O Luar / Aos De Casa / Eu E Voce / Nuvem / Benquerer / Reza / Olha la Ingles Do Mar E Eu Vou Mas Nao Vou Catumbi
MUSIC MAGAZINE 2012年 6月号
- 特集:マイ・ブラッディ・ヴァレンタインとシューゲイザー / 進化する南米音楽
- 出版社:ミュージックマガジン
- 発売日:2012/05/19
- メディア:雑誌
- 目次:リスナーの頭の中で膨らんでいった、幻想の集合体 / マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン歩み / アルバム・ガイド /『ラヴレス』後のおもなケヴィン。シールズ・ワークス / クリエイション・レコードを描いた映画『アップサイド・ダ...ウン』/ 広がり続けるシューゲイザー / シューゲイザー・ディスク・ガイド / 南米各地から聞こえてくるプログレッシヴな音楽の魅力(高橋健太郎)/ ディスク・ガイド(江利川侑介、高橋健太郎)