岩合 光昭 『ネコライオン』
「岩合光昭写真展 ネコライオン」に行って来た。JR恵比寿駅東口から動く通路に乗って、恵比寿ガーデンプレイスへ向かう。割引き入場券を買って地下1階展示室に降りる。「ねこ歩き」(日本橋三越本店)に比べると拍子抜けするほど空いていた。ゆっくりとネコとライオンを鑑賞出来ると喜んだのも束の間、大声でペチャクチャ喋りまくるオバさん軍団に後方から襲来されて館内の静寂が破られた。騒がしい一行を遣り過ごすべく、ソファに座って待つことにしたのだが、筒抜け状態の話し声は遠くからでも良く響く。やっとフェイド・アウトして静かになったかと思ったら、近くに戻って来て長々と立ち話を始めた。この騒々しさはネコでなくても逃げ出したくなるのではないでしょうか。貴方たちがネコ好きなのは分かりましたが、場所を辨えて欲しい。ここはデパートの催事場ではなく、美術館なんだから‥‥とネコおばさんに言ったところで、猫の耳に念仏、猫耳東風なのかもしれませんが。
「ネコは小さなライオンだ。ライオンは大きなネコだ。」というキャッチ・コピーが会場や図録などに掲げられているが、同じネコ科の動物の中でもネコとライオンの容貌は似ているとは言い難い。マーモセットのミッツがロンドンの街角にいた黒猫を黒豹と見間違えたように、ジャガーやレパードの方がネコに良く似ている。「ネコジャガー」や「ネコレパード」ではなく「ネコライオン」になったのは、恐らく豹や虎よりもライオンの写真を数多く撮っていたからだと思われる。ネコの撮影場所が日本国内から海外各地に渡るのに対して、ライオンの多くはアフリカ・タンザニア(ンゴロンゴ自然保護区)で撮られているから(岩合光昭はタンザニアのセレンゲティ国立公園に2年間滞在して野生動物を撮った)。それだけ野生ライオンの棲息地が限られている(個体数が少ない)ことの証左でもある。ノラネコは街に寄り添うように暮らしているけれど、ライオンは動物園やサファリ・パークなどでしか見ることが出来ない。
ライオンの容姿も雄、雌、子ライオンに違いがあるだけで、たとえ体力や腕力では勝っていても眼の色や毛色や柄模様など、ネコたちの多種多彩さには到底敵わない。飼い馴らされない野生動物と家畜・ペット化された小動物(Joni Mitchellが愛猫を抱いている自画像カヴァのアルバム《Taming The Tiger》(1998)とは「ネコ」のことである)。それでもネコとライオンの同じような動作や行動、生態を並べて展示することで、ネコ科動物としての類似性が際立つのは意外に面白い。チータ、ピューマ、ジャガー、パンサー、タイガー、レパード‥‥ネコ科動物のコード名が付けられて来たMac OS Xも山ライオン(10.8 Mountain Lion)で打ち止めとなった。アップルがネコ科動物シリーズの最後を「キャット」ではなく「ライオン」と名付けたのは「百獣の王」に敬意を表したのかもしれない。そう考えると、百獣の王ライオンはネコ族にとって相手として不足はないということになるだろうか。肉食獣としての残酷さを垣間見せるライオンは可愛いとは言い兼ねるけれど。
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「ネコライオン」は「視」「触」「味」「嗅」「聴」という5つのテーマに分けて展示されている。ネコ科動物の五感は人間よりも研ぎ澄まされているだろう。ネコやライオンは何を見つめているのだろうか。雄ネコは雌を見つめ、港へ帰って来た漁船を注視する。ライオンは獲物(草食動物)を見つめ、子供たちは母ライオンの帰りを待つ。母ネコとライオンが子供たちを連れ、口に咥えて運ぶ。ネコたちは小屋の網戸越しに外界を眺め、雄同士の喧嘩で相手を睨む。ライオンは雄ライオンの息の根を止め、アフリカゾウの肉を食らう。ネコとライオンはジャンプして走り、獲物を狩る。物陰に隠れて周囲を窺い、高い場所から下界を睥睨する。ストレッチして歩き出す。ネコとライオンは爪研ぎをし、気に匂い付けをして、雨樋や樹に昇る。お互いに戯れ合い、群れを作って日陰で休息し、お気に入りの場所で自由気儘に寝る。グルーミングで舌を出し、頭を高速回転させて雨粒を払う。母子で眠り、子供たちは母親の背中に乗って、子供同士で仲良く遊ぶ。
ネコは蛇口から流れる水を、ライオンは水溜りの水を飲む。ネコは網に絡まった魚を奪い、ライオンはハイエナからヌーを奪い取る。獲物を口に咥えて子供たちの許へ運ぶ。ネコたちはキャットフードを、ライオンたちは獲物を食べ、子ライオンは母乳を飲む。ネコとライオンは草を食み、食後の毛繕いする。風や草花、獲物や雌の匂いを嗅ぎ、大アクビをして緊張を解きほぐす。背中を伸ばし、ストレッチして歩き出す。ネコは早朝の物音や波音を聴き、ライオンはヌーの鳴き声に耳を澄ます。お互いに喉を鳴らしてスキンシップし、大きな声で鳴く。唸って争い、ゴロニャンする。膨大なネコとライオンの写真の中から同じようなポーズや良く似た行動を手作業で選び出すのは多くの労力と時間を費やしたはずである。ネコとライオンを並置することでネコの野生とライオン(特に子ライオン)の可愛らしさがクローズ・アップされる「ネコライオン」だった。
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岩合 光昭 『イタリアの猫』
『ネコライオン』(クレヴィス 2013)は展示作品全175点に未展示品24点を掲載した図録で、ズッシリと重い(A4変形 168頁)。ネコの写真は過去の展示会「ねこ」(日本橋三越本店 2010)や「ねこ歩き」(2013)で見た憶えのあるものもあるし、写真集『そっとネコぼけ』(小学館 2008)、『ちょっとネコぼけ』(小学館 2005)、『愛するねこたち』(講談社 1978)、『ニッポンの猫』(新潮社 2003)、『旅行けばネコ』(新潮社 2008)、『ネコさまとぼく』(新潮社 2008)、『きょうも、いいネコに出会えた』(日本出版社 2002 / 新潮社 2006)、『ネコに金星』(日本出版社 2008 / 新潮社 2013)、『地中海の猫』(新潮社 2005)、『岩合光昭のネコ』(日本出版社 2010)、岩合日出子著『ママになったネコの海ちゃん』(ポプラ社 1986)から一部転載された写真も含まれている。つまり「ネコライオン」には岩合夫妻が初めて飼った「ネコの海(kai)ちゃん」も密かにゲスト出演しているわけである。
『岩合光昭×ねこ旅』(山と渓谷社 2013)はハンディな判型に200枚のネコ写真が詰まった弁当箱のような写真集。「日本のねこ旅」「世界のねこ旅」の2段重ねで、多種多彩なネコたちをお腹いっぱい堪能出来る。「雪国のねこ」「山里のねこ」「町のねこ」「寺町のねこ」「港町のねこ」「南国のねこ」‥‥日本国内は北から南下、北海道・羅臼町から沖縄・座間味島を巡る旅。海外はイタリア、ギリシャ、トルコ、エジプト、モロッコ、スペインと地中海沿岸の地域を回る旅。同じネコ族なのに風景や街の中に溶け込むと、日本のネコは純和風に、西欧のネコは洋風に見えてしまうから不思議。「秋の香りにさそわれて。田沢湖町・秋田県」「窓辺にねこはよく似合う。奥会津・福島県」「この村で生まれて育っていく。ルクソール・エジプト」「広がる青空の下、ねこは何を見て、何を考えるのだろうか。アルプハラ・スペイン」など、ネコ写真に添えられたキャプショんも簡潔で微笑ましい。この写真集を片手に携えて、お目当てのネコを探す旅に出るのも愉しいかもしれない。
『イタリアの猫』(新潮社 2013)は大型横長のネコ写真集。「レモンの香りが店先から漂う」カンパリア州ソレントの街を "ネコ歩き" する。おもちゃ屋さんのショウウィンドウ前の棚に座っているレオ君。シチリア州コルメオーレの中心地、庁舎前の広場で出会ったドメニコ。アグリジェントの古代ギリシャ時代の遺跡監視員に可愛がられている黒ネコ。街の薬屋さんの娘さんに飼われているコッコリーノ。トスカーナ州ラコーナ、エルバ島のオリーヴ畑と屋敷を開放して140匹のネコたちを保護しているというフランチェスカさんが仔ネコにミルクを飲ませている写真は胸を打つ。ナポレオンの別荘(聖マルティーノ荘)の石段で寝そべるパオリーナ。プッリャ州アルベロベッロでスパゲッティを食べるネコ。三角屋根の家で母ネコの乳を飲む仔ネコたち。ラツィオ州ティヴォリにあるエステ家の別荘の庭園で噴水を背にしてポーズする雌ネコ。かつてローマ・コロッセロにいたネコたち。ヴェネト州ヴェネツィア、ペストが蔓延した中世にネズミ退治のためシリアから来た縞ネコたちの子孫。夜の集会に参加するネコ。イタリアのネコたちは絵になるにゃん。
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- ミュージアムショップ(NADiff×10)で《Jessica Pratt》(Birth 2013)を購入
kai and me / walk with cats / cats and lions / sknynx / 480
- 著者:岩合 光昭
- 出版社:クレヴィス
- 発売日:2013/08/31
- メディア:単行本(ソフトカバー)
- 目次:視 See / 触 Touch / 味 Taste / 嗅 Smell / 聴 Hear / ネコとヒトが共に生きる / おわりに(著者あとがき)
- 著者:岩合 光昭
- 出版社:山と渓谷社
- 発売日:2013/09/26
- メディア:単行本(ソフトカバー)
- 目次:旅のはじめに / 日本のねこ旅(雪国のねこ / 山里のねこ / 町のねこ / 寺町のねこ / 港町のねこ / 南国のねこ)/ 世界のねこ旅(イタリアのねこ / ギリシャのねこ / トルコのねこ / モロッコのねこ / スペインのねこ)/ 旅のおわりに