草森 紳一 「理性とその破滅」
「赤いトナカイ」(1962-63)は「中学一年コース」(学習研究社)に連載されたSF作品。当時の東西冷戦の不安や核戦争の恐怖が色濃く反映されている。核ミサイル戦争が勃発して人類が滅亡するというテーマは今日から顧みれば荒唐無稽な気もするが、冷戦時代を生きた人々の心情や空気感を想像することは年々難しくなっている。主人公の内面に渦巻く「中国水爆実験」「ビートルズ台風来襲」「異常高温暴動続く」「ヒザ上30センチの」「ベトナム北爆激化」「交通戦争」「航空事故続く」「夢の島」「通り魔次々と5人殺傷」「大学生マンガに凝る」‥‥というニュースや流行などから、60年代初頭の国内外情勢を窺い知れるかもしれない。ノストラダムスの予言めいた終末が現実に起こってしまう絶望感。主人公たちは東京郊外から東北地方へ避難する。その道程で福島、仙台、宮城という地名が登場人物から発せられる。地震、噴火、津波、洪水‥‥核戦争は天変地異のメタファで、「赤いトナカイ」は50年後の東日本大震災や原発爆発事故を予見していたのではないかとさえ思われる。
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原っぱで草野球に興じる少年たち。千太が打ったホームラン・ボールが幽霊屋敷に入ってしまう。塀を乗り越えて敷地内へ侵入した千太は屋内の会話を窓越しに耳にする。応接間で館主らしき長髪の男が少年の父親(消防団長・町会議員)、町長、助役の前で熱弁を奮っていた。世界中の人間が死んで、今年中に地球が滅びてしまうと警告する。「196X年‥‥世界の終わりきぬ東方の空より赤いトナカイに乗りたる使者かけきたり。おのおのその武器もてうたん‥‥その終わりきぬ‥‥」というピラミッドの内部の壁に刻まれていた何千年も前の予言。今まで地球上に起こった歴史的大事件の殆どを的中させた予言。そして、赤いトナカイに乗った使者がやって来るという予言の後には何にも書かれていなかった。予言者は「赤いトナカイ」が何を意味しているのかは不明だが、赤い国(ソ連)が引き起こす第三次核兵器戦争や赤い星(火星)からの侵略に備え、町中から資金を集めてロケットを造り、地球から脱出すべきだと主張する。
帰りが遅いので様子を見に来た万里と使用人に見つかった千太は塀を跳び越えて逃げ出す。そして上空に飛来したUFOを目撃する。東京郊外にある尾張町は「赤いトナカイ計画」の話題で大騒ぎ。電気店の真空管ラジオから流れるニュースはソ連が完成させた2体の「地球ロケット」(核ミサイル)を「赤いトナカイ」と名付けたことを報じていた。再び大屋敷へ向かった千太と万里は敷地内へ潜入する男を見咎める。屋敷の使用人や手下たちに捕まった男は警視庁の刑事だった。彼らは刑事を明神山へ運んで崖から突き落とそうと画策する。しかし、千太と万里が崖の上で目撃したのは真空管のような躰をした異星人が手下や刑事を消滅させた光景だった。万里子は銃撃戦で被弾して傷ついた異星人を救けて、空飛ぶ円盤の中へ運ぶ。2人は尾張町警察署に一連の事件の顛末を報告するが、当然聞き入れられない。尾張町は「赤いトナカイ」の信奉者たちとデマだと抗議する人たちで二分されていた。
尾張町中学校から帰宅した千太に母親が警察から電話があったと告げる。家から飛び出した千太は待ち伏せしていた予言者の手下たちにクルマで拉致されて、屋敷へ連れ去られる。館主は同じく捕らえられた万里と千太に忽然と消えた刑事と子分たちの行方を聞き出そうとするが、正直に話した火星人来襲の話は端から信じてもらえない。2人は冥土の土産に「赤いトナカイ」の話は真っ赤な嘘で、ロケットによる地球脱出計画も金目当ての詐欺だったことを手下から明かされる。銃殺される直前に2人は東京から調査に来た刑事に救出される。尾張小学校で講演中の予言者に手下から重大な情報が入る。悪事が警察にバレ、一目散にクルマで逃げ出す詐欺師たち‥‥「赤いトナカイ」の騒動は一件落着したかに思われたが、電気店の街頭ラジオが臨時ニュースを伝えていた。NYに核ミサイルが打ち込まれて全滅した。サンフランシスコやワシントン、モスクワ、そして日本の神奈川(厚木基地)にも!‥‥メガトン級の水爆が落とされた。
急いで家へ帰ろうとする千太と万里の2人は途中で中学校の牧先生と出合う。自家用車に荷物を積んで田舎へ帰郷するところだった。そして、ついに東京にも原爆が投下される。2人は家族に別れを告げて、放射能から逃れるために牧先生のクルマで東北へ向かう。雨が降り出し、UFOの編隊が夜空を飛行する。途中で暴漢たちに襲われた3人。彼らもクルマで避難中に事故に遭った民間人だった。「最初のメガトン級水爆ミサイルが大気をひきさいて爆発してから、1時間以内に世界中で数百万人の人々が死んだ。そして2時間後には戦争は終っていた。基地という基地は、そのほとんどが爆破されてしまったからだ。日本には三発落ちた」「3時間後‥‥世界中の死者数は八百万人にふくれていた。5時間後には一千万人に達した。この人々はじかに水爆の光と熱をあびた人々だった」「戦争が終わって丸1日後の死者の数は三千万人をこしていた。そしてなおも‥‥放射能によごされた大気は死者を求めて恐怖と絶望にふるえる生きのこりの人類の頂点に黒くよどんでひろがっていた‥‥」
太陽の黒点が増え、地震が起こり、火山が噴火する。3人は牧先生の故郷に辿り着いたが、村は無人で家には燈もなく静まり返っていた。麻里子が夜空を見上げると流星雨が降っていた。異星人たちに襲われる3人‥‥牧先生も2人を助けた村の少年も捕まり、千太と万里子も捕まってしまう。異星人の船内には牧先生や村人たちが収容されていた。村人が持っていたトランジスタ・ラジオがニュースの続報を伝える。「世界のおもだった国々の首都とその近郊は全壊し、残された地方の人々も放射能障害で倒されている!」「その上に恐ろしい事件が続発しているということだ‥‥輸送機館のマヒによる食糧難と暴動」「地震や火山群の噴火活動‥‥流星雨による被害」「太陽黒点の増加にともなう異常高温によって、南北両極の氷山がとけはじめ、津波や洪水が起こりかけている」‥‥太陽系外から飛来した異星人が人間を捕獲した目的は「動物園」と「食料」だった。万里子に命を救ってもらった異星人が2人を船外へ連れ出す。千太と万里子は宇宙船に乗って、15光年先の惑星へ旅立つ。「新しい地球のアダムとイブになる」ために。
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「赤いトナカイ」の恐怖を煽って、住民からロケット製造の資金を巻き上げようとする予言者(詐欺師)の企みは「龍神の祟り」を自作自演して、村人から金銭を巻き上げようとする神主と村長の企てと同じである。現実に赤いトナカイ(核ミサイル)と龍神が出現してしまうという点からも、SFとファンタジーの違いはあるけれど、「赤いトナカイ」と「龍神沼」(1961)の構造は良く似ている。核戦争が勃発して人類が滅亡してしまうという破滅テーマは4年後に発表されたオムニバス実験作品「そして‥‥だれもいなくなった」(1967)に継承される。サイレント4コマ、熱血青春学園コメディ、シリアスな復讐譚、サスペンス調のスパイ・ドラマ、ドキュメント風の劇画‥‥5つの独立したマンガが同時進行する世界はアメリカ、ソ連、中国から発射された核ミサイル群が成層圏から地上へ落ちて来ることで消滅する。NYに閃光が煌めいてから百秒後に核戦争は終結した。世界中の人々の3分の2が死んだ。そして、生き残った3分の1の人々の頭上にも死の灰が降って来るのだ。
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- 「石ノ森章太郎萬画大全集 12-14」(角川書店 2008)をテクストに使いました
- 「石森章太郎選集 第12巻」(虫プロ商事 1969)を参照しました^^
- 引用した草森紳一氏の「理性とその破滅」は「石森章太郎選集 第12巻」の解説です
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